Travel in the Hole

前期招聘アーティスト Invited Artists
赤坂有芽 石川洋樹 AKASAKA Yume ISHIKAWA Hiroki

Exhibition 23.Sep – 10.Oct.2022
Venue 葛尾村立葛尾中学校/旧校舎 1,3F/体育館、葛尾村復興交流館あぜりあ 交流スペース2

Artist Talk
24.sep.2022 14:00-15:30
Venue 葛尾村復興交流館あぜりあ 交流スペース1
先日南米アマゾンにて、とある未接触部族の最後の男が亡くなったというニュースが流れました。未接触部族とは、異なる種族、文明との接触がない部族のことをさし、Man of the Hole(穴の男)と呼ばれていた男は、土地開発や経済利益のために追いやられ、仲間を失い一人で過ごすうちに、かつてあった文化的な習慣を無くし、ただただ生きることのみの暮らしであったそうです。狩猟や、身を隠すために彼が掘った深い穴の中から、彼は仲間(コミュニティー)や文化を失った後の世界をどのように見つめていたのでしょうか。
そんな彼の境遇を、現代文明と濃密に接触する私たちも自分のこととして捉えられるならば、わたしたちもまた自身の掘った穴の中より世界を見つめる一人かもしれません。 現代文明に暮らす人間であっても状況や時代の変化により、彼と同様な状況が訪れることが容易いことは、多くの人が理解しているのではないでしょうか。


ここ葛尾村では3.11東日本大震災による原発事故の影響により居所を離れて他所の土地へ移動を余儀なくされ、この状況もまた人間社会の経済利益や発展の結果、今まであったものを手放さざるを得なく、穴の男と同様に現代文明から巡ってやってきた出来事は同じように感じられます。 
文明の発展を促すための技術革新が進む中、人工知能AIの進化や情報通信の高速化により5G、6G技術が普及すれば、ますます効率化が進む世界に暮らすことでしょう。そんな暮らしの中で、誰しもが個としての活動を行いやすくなることが予想され、かつての人と人との交流の中で成り立つような慣習や文化を失う可能性があります。  
わたしたちが今後を案じ、次の世代が暮らすに値する地域であることを望むであるのなら、予期せぬ来訪者や出来事とどのように共同するかが大切ではないかと考えられます。穴の男は外部からの接触を自ら拒んでいました。彼の痛ましい過去の境遇を思うと仕方のないことかもしれませんが、もし彼が見知らぬ来訪者との交流があったのなら、もしかしたら異なった展開が彼にあったかもしれません。 


本事業の目的の一つに、アーティストの活動を通して地域の情報を再発見、発掘すること、そしてその内容を広く伝達することにあります。このことから思い起こされるのは、世界的なSF小説『息吹』(テッド・チャン著)に “あなたの仲間の探検家たちが、われわれの残した書物を見つけて読めば、あなた方の想像力の共同作業を通じて、わたしの文明全体が生き返ることになる。” ― これは、宇宙が有限でないことを憂う主人公が、自身の文明世界が失われた後に、だれかが単なる資源発掘や空間としての扱いで利用するのではなく、探検家のように調査し、得られた情報から想像することで、どのような文明であったか知って欲しいと願う場面の一部です。
アーティストらは、葛尾村を基点としたリサーチ活動を行ないました。しかしながら、この地域一帯は、除染作業により削がれた表層の上に違う場所の土を被せられるなど、土地の歴史や経緯を知る手がかりが見つけにくく、活動には困難を伴いました。そのような中で、赤坂、石川が着目し形に現そうと試みたのは、この土地の人々の生きている証明についてだったと考えています。それは、溜息にも似た、僅かに漏れる心の奥底からの感情や吐露のようなもので、アーティストらは彼らの過去や現在に寄り添い、真の生を捉えるため、赤坂はだれかが掬い上げなければ消えゆく記憶の果てへと向かい、石川は散り散りになった時間や思考の一端を集めるような、それぞれ未来へ、未知へと向かうような果てのない旅に出ました。そして、深い穴に入るような探求や制作により現れた作品もまた、この場所にとどまることなく広く旅をすることでしょう。

さて、日本から地球の反対側にある南米アマゾンで暮らしていたMan of the Holeと呼ばれていた男が掘った深い穴の中にも、語られなかった物語が潜んでいること想像するとき、わたしたちは「Travel in the Hole」 時間や空間を超越するような想像の旅ができるのではないでしょうか。
彼が見つめた世界とわたしたちは共にあることを忘れずにいるためにも。

キュレーター 山口貴子